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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)27号 判決

アメリカ合衆国

ジョージア州30348、アトランタ、ワン・テクノロジー・パークウェイ、

ピー・オー・ボックス105600

原告

サイエンティフィック・アトランタ・インコーポレーテッド

代表者

フレデリック・ダヴリュー・パワーズ三世

訴訟代理人弁護士

鈴木修

矢部耕三

同弁理士

田中英夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

田辺寿二

橋本恵一

吉村宅衛

廣田米男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための付加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成4年審判第11017号事件について平成8年7月30日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2の項と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1986年6月3日にアメリカ合衆国においてされた出願に基づく優先権を主張して、名称を「カラー・テレビジョン信号の再フォーマット法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1987年5月28日を国際出願日(翻訳文提出日昭和63年2月3日)として特許出願(昭和62年特許願第504421号)をしたところ、平成4年2月6日付で拒絶査定を受けたので、同年6月8日に審判を請求し、平成4年審判第11017号事件として審理された結果、平成8年7月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年10月28日、その謄本の送達を受けた。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  本願特許請求の範囲71の項に記載された発明(以下「本願第10発明」という。)の要旨

標準のカラー・テレビジョン信号の各ラインを再フォーマットするための装置であって、各ラインが複合色・輝度情報を含む装置において、

複合信号を色成分と輝度成分とに分離するための分離手段と、

テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、色成分と輝度成分との一部分を切り取るための切り取り手段と、

それぞれの色成分を圧縮するための圧縮手段と、

両成分をシリアルに結合して、再フォーマットされたビデオ・ラインを形成するための結合手段と、

を具備することを特徴とする装置(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第10発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例

昭和53年特許出願公開第109424号公報(昭和53年9月25日出願公開)(以下「引用例」といい、これに記載された発明を引用発明という。別紙図面2参照)には、「カラーテレビジョン信号処理方式」に関し、図面と共に次のことが記載されている。

〈1〉 引用発明は、カラーテレビジョン信号を輝度信号と色信号とに分離し、色信号を時間軸圧縮し、輝度信号と時間軸上で多重し伝送する方式に関するものであること。(1頁左下欄12行ないし15行)

〈2〉 NTSC方式の問題点を改善するカラーテレビジョン信号処理方式の一方式として、従来、IおよびQ信号を時間軸圧縮し、それらを水平ブランキング期間に1水平周期毎に交互に、あるいは時間軸配列して多重する方式(TCM方式)がとられてきたところ、引用発明は、従来のTCM方式における同期不良や同期不安定の欠点を改良することを目的とするものであること。(1頁左下欄16行ないし2頁右上欄8行)

〈3〉 引用発明は、従来の水平ブランキング期間のバックポーチとそれに続く輝度信号の有効走査期間の受像機の画面に表れない部分(オーバースキャン部)を利用することによって、時間軸圧縮した色信号を多重化しようとするものであり、第2図(a)におけるY信号のオーバースキャン部分4のY信号を削除し、実効的なバックポーチの時間幅を0.085H+0.041H=0.126Hとし、第2図(b)のように、このバックポーチ部分に0.1HのIもしくはQ信号9を多重化するものであること。(2頁右上欄9行ないし左下欄20行)

(3)  対比

本願第10発明と引用発明とを対比すると、

ア 上記〈1〉ないし〈3〉の記載から明らかなように、引用発明は、標準のカラー・テレビジョン信号の一種であるNTSC方式のカラー・テレビジョン信号を処理対象の一例とし、輝度信号と時間軸圧縮された色信号(IもしくはQ信号)とを時間軸上で多重し伝送する方式に関し、それを前提とするものであるから、標準のカラー・テレビジョン信号の各ラインを再フォーマットするための装置であって、各ラインが複合色・輝度情報を含む装置であるということができること、

イ 上記〈1〉及び〈3〉の記載から、引用発明が、複合信号であるカラー・テレビジョン信号を色成分と輝度成分とに分離するするための分離手段及びそれぞれの色成分を圧縮するための圧縮手段を前提として具備し、また、テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分の一部分を切り取るための切り取り手段及び両成分をシリアルに結合して、再フォーマットされたビデオ・ラインを形成するための結合手段を具備することは明らかであること、が認められる。

上記ア及びイの点を踏まえると、本願第10発明と引用発明とは、

「標準のカラー・テレビジョン信号の各ラインを再フォーマットするための装置であって、各ラインが複合色・輝度情報を含む装置において、

複合信号を色成分と輝度成分とに分離するための分離手段と、

テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分の一部分を切り取る切り取り手段と、

それぞれの色成分を圧縮するための圧縮手段と、

両成分をシリアルに結合して、再フォーマットされたビデオ・ラインを形成するための結合手段と、を具備することを特徴とする装置」

である点で一致し、次の点で相違するにすぎない。

テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分の一部分を切り取る切り取り手段が、本願第10発明では、輝度成分の一部分を切り取るためのものであるのみならず、テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、色成分の一部分をも切り取るためのものであるのに対し、引用発明では、色成分の切り取りについては明示がない点。

(4)  当審の判断

上記相違点について検討する。

引用発明は、テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す部分は、画面にあらわれず、その部分を削除しても、画面表示上では問題がないという認識のもとになされたものと認められ、画面にあらわれない以上、色成分についても、その部分を削除しても画面表示上の問題が生じることはないこと、また、画面にあらわれず、輝度成分が伝送されない部分の色成分を伝送しても画面表示上意味がないことは、当業者に明らかなことであるから、テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分の一部分を切り取る切り取り手段を、本願第10発明のように、テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分の一部分を切り取るためのものであるのみならず、色成分の一部分をも切り取るためのものであるようにすることは、当業者が適宜にし得ることにすぎない。

更に、本願第10発明によってもたらされる効果も、引用発明から当業者ならば容易に予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。

(5)  むすび

したがって、本願第10発明は、上記引用発明から当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

以上のとおりであるから、本願は、特許請求の範囲に記載された他の発明について審理するまでもなく拒絶すべきものである。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、「テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分の一部分を切り取る切り取り手段」を具備することが引用発明と本願第10発明の一致点であること及び相違点が審決摘示の点にすぎないことを争い、その余は認める。同(4)、(5)は争う。

審決は、本願第10発明の技術内容を誤認した結果、本願第10発明と引用発明が、「テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分の一部分を切り取る切り取り手段」を具備するとの点で一致点の認定を誤り、更に相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)

ア 審決は、本願第10発明と引用発明とが、「テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分の一部分を切り取る切り取り手段」を具備するとの点で一致するとした。しかし、本願第10発明における輝度信号の切り取りは、その始端と終端の双方に対して行われるのに対して、引用発明では始端についての切り取りしか開示していないから、両者は相違しているのである。

イ すなわち、本願第10発明の特許請求の範囲の記載の「テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分」とは、テレビジョン画面の左右両端に走査されすぎた部分のことなのであるから、このような部分の存在は色成分及び輝度成分のいずれの信号においてもその信号長の始端と終端に存在する。そして、本願第10発明の特許請求の範囲は始端の方のオーバースキャン部分も終端のオーバースキャン部分も区別することなく、一括して「色成分と輝度成分の一部分」と表現しているから、これに対応する「オーバースキャン部分」も一括してオーバースキャン部分の全体を示していると理解するのが当然である。例えば、「Aを切り取る」と表現されていた場合に、このAが部分A1、A2、A3・・・から構成されていたとしても、上記表現が単位部分A1のみを切り取り、部分A2、A3・・・を残すことをも含む趣旨であると理解することはできない。すなわち、「Aを切り取る」というのであるから、「A」の全体を切り取ることを意味するのであって、その一部であるA1のみを切り取ることを含むとすることは常識的な日本語の理解とはいえないのである。それ故、「オーバースキャンされた部分」を切り取るということは、色成分及び輝度成分のいずれについても、その始端と終端の不要な同部分を切り取るということにほかならない。

ウ 上記の点は、本願明細書の好ましい実施例の詳細な記述中の、信号の不必要な部分を除去する作業を明示した部分において、「(2)輝度信号及び色信号の始端と終端とから2.5マイクロ秒を切り取る段階」(甲第2号証4頁左上欄12行ないし14行)、「切り取られる部分は、アクティブ・ビデオ部分の両側から、等しい増分で取られる。」(同右上欄5行ないし6行)、「色部分の各端から、等しい増分で(各端から0.835マイクロ秒)除去される。」(同右上欄11行ないし12行、また、同3頁右下欄15行ないし21行参照)との記載からも明確に裏付けられる。

エ 被告は、「オーバースキャンされた部分を切り取る手段」との表現には「輝度成分の始端のみを切り取る手段」を含むと主張し、本願明細書中に、「走査しすぎの全てを必ずしも除去するものではない。」との記載が存することを根拠として挙げる。しかし、上記記載の趣旨は、走査しすぎ(=オーバースキャン)の度合いがテレビジョンによって異なるために、オーバースキャン部分を完全に切り取ってしまうと、正常値よりも低く走査しすぎが行われて画像(=再生画面)の端部が表示されるようなテレビジョンを視聴者が持っていた場合に画像(=再生画面)の「端部」がスクリーン上に見えてしまうことになるから、これを防ぐために「ある程度の走査しすぎ」がいわゆる遊び又は余裕として残されるべきであるということである。したがって、それが色成分及び輝度成分の始端のみを切り取ることを包含する趣旨ではないことは明らかである。

オ また、被告は、本願明細書の特許請求の範囲8の項及び46の項の記載では「除去」について「輝度信号の始めと終り」の文言が挿入されているのに対して、本願第10発明にはそのような文言がないことをその主張の根拠とする。しかし、上記8の項は、特許請求の範囲1の項記載の方法が最も基本的な前提となっており、同項においては「輝度成分と色成分との部分を切り取る段階」を特徴とする本願発明が示されている。ここから分かることは、同項における輝度成分と色成分の「部分」の「切り取り」は、同8の項で述べられているように「輝度信号の始めと終り」を「除去する」ことが明らかな特徴とされているということである。また、同8の項と同様のことは、同46の項についてもいえる。同項は同37の項へと遡って理解すべきものであるが、同46の項では、まさに同37の項における「テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分と色成分の一部分を切り取る段階」に際しての特徴として、「輝度信号の始めと終り」を「除去する」ことが示されている。この部分に関わる同37の項の特許請求の範囲としての表現は、本願第10発明についての同71の項とほば同一である。

したがって、同71の項における「輝度成分」の「一部分」の「切り取り」というのも、同8の項や同46の項に示されたのと同様に始端と終端の双方の切り取りを予定しているということが明らかとなるのである。

(2)  取消事由2(相違点の判断の誤り)

ア 引用発明が解決しようとした技術的課題は、あくまで「時間軸圧縮」された色信号や輝度信号をカラーテレビジョンのための一アクティブ・ビデオ・ライン(有効走査期間)中にうまくはめ込み、「同期信号」に対する「輝度信号」の「影響」や「雑音の影響」による「同期不良」又は「同期不安定」といった「欠点を除去する」ことである。引用発明は、「Y信号のオーバースキャン部分」、すなわち、輝度信号のオーバースキャン部分を除去することに終始し、I及びQ信号、すなわち、色信号についての圧縮率については何も言及していない。そのため、引用発明は、「同期信号の位置および同期信号幅を変更することなく、従来の水平ブランキング期間のバックポーチとそれに続く輝度信号の有効走査期間の受像機の画面にあらわれない部分・・・を利用することによって、時間軸圧縮した色信号を多重化しようとするもの」(甲第3号証2頁右上欄9行ないし15行)にすぎない。そこには、被告が主張するような「色信号を多重化する部分の時間幅を広げて過度の圧縮を回避しつつ」色信号の時間軸多重化をはかるために、バックポーチ側のオーバスキャン部分に色信号を多重化するなどということは想定すらされていない。なぜなら、引用発明では、伝送帯域が4MHzであることを大前提としつつ(同1頁左下欄18行)、色信号の時間軸圧縮率については「6~8程度」に選定されるというのみで、何ら圧縮率そのものを問題にしていないからである。

すなわち、引用発明においては、雑音等による同期信号との間のトラブルには関心があったが(同2頁右上欄1行ないし8行)、伝送帯域幅内に収まるために圧縮される色信号の圧縮率が「6~8程度」であっても、これを「過度な圧縮」であるなどとする認識はないのである。

イ これに対して、本願第10発明は、色信号が所定の伝送帯域内に収まっていることを前提としつつ、更に加えて色信号の過度の圧縮を回避し、その圧縮率を最大限緩和し、色信号劣化の可能性を最大限排除しようとしたものである。

ウ また、効果の面を検討しても、引用発明における輝度信号のオーバースキャン部分の切り取りの効果は、通常の圧縮率で圧縮された色信号を収容するスペースを提供することに限られる。したがって、色信号の圧縮率の低減により得られる色信号の改善という、本願第10発明の優れた効果が得られないことは明らかである。

エ 以上のとおり、引用発明における輝度信号のオーバースキャン部分の切り取りの目的(圧縮された色信号の収納スペースの確保)と、本願第10発明における色信号のオーバースキャン部分の切り取りの目的(色信号の圧縮率の低減)とは全く異なるものである。そして、目的を異にする技術間において、一方を他方に適用すべき必然性はないから、引用発明が輝度信号のオーバースキャン部分を切り取るとの技術的思想を開示していたとしても、これを色信号に適用すべき必然性は存在しない。

したがって、相違点に関する審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決に原告主張の誤りはない。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア 本願明細書の特許請求の範囲71の項には、切り取り手段の構成について、「テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、色成分と輝度成分との一部分を切り取るための切り取り手段」と記載されているだけであり、上記記載によれば、本願第10発明は、輝度信号の切り取りをその始端と終端の双方に対して行うもののみに限定されず、その始端のみに対して行うものをも含んでいることは明らかである。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明の項には、好ましい実施例として、輝度信号の切り取りをその始端と終端の双方に対して行うものが記載されているが、同時に、「ここに含まれている例示的な実施例で行われた切り取りの量は、走査しすぎの全てを必ずしも除去するものではない。」との記載もあり、上記記載は、「切り取り手段」で切り取る一部分を、始端あるいは終端のオーバースキャン部分などに設計上任意に設定し得ることを示唆している。

ウ また、輝度信号の切り取りを、その始端と終端の双方に対して行うものは、本願明細書の特許請求の範囲8の項及び46の項に「輝度信号の始めと終りとの2.5マイクロ秒をほゞ除去する」と明示され、単に「オーバースキャンされた部分」を切り取るというものと区別されている。したがって、単に「オーバースキャンされた部分」を切り取るという本願第10発明は、輝度信号の切り取りをその始端のみに対して行うものをも含んでいることは明らかである。

エ 原告は、例えば「Aを切り取る」は、「A」の全体を切り取ることを意味するのであって、その一部であるA1のみを切り取ることを含むとすることは常識的な日本語の理解とはいえないと主張する。しかし、上記主張は、「Aが部分A1、A2、A3・・・から構成されていたとしても」ともいっているように、「A」がA1、A2、A3・・・の全体を示していることを前提とするものである。しかし、本件の場合にはそのような前提はないから、上記主張は失当である。

(2)  取消事由2について

ア 引用例に、「従来のTCM方式では、IおよびQ信号に要求される帯域をfとし、それの時間軸圧縮率をnとすると、圧縮後のIおよびQ信号の時間幅は、0.82H/n、またその帯域はnfとなる。」(甲第3号証1頁右下欄19行ないし2頁左上欄3行)と記載されているように、TCM方式において、色信号に要求される帯域、それの時間軸圧縮率、圧縮後の色信号の時間幅及びその帯域の関係は周知であり、その関係から、色信号の時間幅が小さい、すなわち、時間軸圧縮率が大きいと圧縮された色信号の帯域は広くなる関係にあり、その帯域が所定の帯域(伝送帯域)内に収まらないと色信号の劣化が生じることは当業者に自明のことである。そして、要求される帯域の色信号が圧縮された状態において所定の帯域内に収まるようにするために、従来、同期信号幅は変えずにフロントポーチ側にずらし、バックポーチの時間幅を広げる方法、あるいは、同期信号の時間幅を狭めてバックポーチの時間幅を広げる方法等があったところ、引用発明は、同期信号の位置及び同期信号幅を変更することなく、輝度信号のオーバースキャン部分の一部をも利用して色信号を多重化しようとするものであるから、色信号を多重化する部分の時間幅を広げて過度の圧縮を回避ししつつ色信号を所定の帯域内に収まるように圧縮しようとする考えが引用発明の前提としてあることは明らかである。

したがって、引用発明は、色信号の圧縮率を低減させようという目的も当然有し、輝度信号のオーバースキャン部分を切り取り、その部分へ色信号を多重化することによって、その目的を達成しているということができる。

イ 原告は、本願第10発明は色信号が所定の伝送帯域内に収まっていることを前提としつつ、更に加えて色信号の過度の圧縮を回避し、その圧縮率を最大限緩和し、色信号劣化の可能性を最大限排除しようとしたものであると主張する。しかし、信号の圧縮とその帯域とは、圧縮率を低くすれば帯域が狭くなるという相互に密接な関係にあり、圧縮、時間幅(スペース)、あるいは帯域を単独で論じられるものではなく、引用発明も色信号を多重化する部分をオーバースキャン部分にまで広げて色信号の過度の圧縮を回避して信号を所定の帯域内に収めようという考えに基づいてされたものであるから、本願第10発明の技術的課題は引用発明の技術的課題と異なる次元のものではないのである。

ウ したがって、本願第10発明と引用発明の技術的課題が異なるとか、引用発明において本願第10発明の優れた効果を得ることができないというものではないから、審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要について

成立に争いのない甲第4号証(平成元年3月28日付手続補正書)、第5号証中の明細書の翻訳文によれば、本願明細書に記載された、本願第10発明を含む本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。

1  この発明は、カラーテレビジョン信号の伝送及び記録の分野に関する。(明細書の翻訳文1頁4行ないし5行)

標準のテレビジョン信号は、通常のビデオ・ラインのアクティブ・ビデオ部分の期間に放送される複合色・輝度情報を含んでいる。第1図はNTSC複合カラー・ビデオ信号を示している。(同1頁14行ないし17行)

こうした信号を記録する典型的な従来の方法は、まず色情報と輝度情報とを分離し、次に、これら分離された信号をテープ上に別の技法で記録する。そこで、色情報を含む信号は周波数変調された輝度搬送波に加えられて、結合された信号が記録される。上述の方法は、色信号のS/N比が低いこと、色と輝度とで利得及び遅延が異なること、差動位相や利得のような歪みがあることなどの画像劣化のいくつかの原因を含む多数の問題に影響される。(同1頁21行ないし2頁6行)

上記の劣化の原因のすべて又はいくつかを緩和しようとする方法が紹介されている。その一つは、色情報と輝度情報とをシリアルに配列することである。通常の複合ビデオ信号はシリアルに再フォーマットされて、シリアルに配列された色情報と輝度情報との列を含む新しい信号となる。色成分及び輝度成分は圧縮されてからシリアル形式に配列される。圧縮の段階が必要なのは、シリアルに再フォーマットされた信号も63.5マイクロ秒のライン継続時間を有するからであり、これらの成分が圧縮されないとすると、シリアルに配列されるときに色成分及び輝度成分がこの期間に「適合」し得ないことになる。(同2頁8行ないし17行)

テレビジョン信号は公称6MHzの帯域で有線システムを伝送される。規定により、(画像)搬送波は該帯域の下端から1.25MHz上側になければならない。また、システム応答は該帯域の下端の上側52.5(判決注・5.25の誤記と認める。)MHzあたりで低下するので、4MHzの使用可能な帯域巾が残る。輝度に対して3:2圧縮を使用すると、圧縮解除(decompression)後に輝度信号は4.0MHzの2/3すなわち2.67MHzの帯域巾しか持たないことになる。

市場で普通に販売されている消費者級のビデオ記録機器を用いる場合、同様の問題にぶつかる。(同3頁9行ないし17行、平成元年3月28日付手続補正書4頁10行ないし12行)

例えば、ピアソンの米国特許第4、335、393号は、輝度データ及び色データをアクティブ・ビデオ領域における元の継続時間から圧縮して、第2図に示されたのと同じような信号を形成する。そこで、この圧縮された信号が記録される。ピアソンの信号を取り出して再生すると、圧縮段階に起因するかなりの帯域巾損が存在する。(明細書翻訳文3頁19行ないし4頁1行)

本発明の本質的な目的は、カラー・テレビジョン信号を再フォーマットして伝送及び記録のための帯域巾の要件を減らすことである。

本発明の重要な目的は、輝度データ及び色データが1つのチャネルでシリアルに、かつ正確に記録されるようにカラー・テレビジョン信号を再フォーマットすることである。

本発明の他の目的は、カラー・テレビジョン信号を伝送又は記録する際に、輝度データ及び色データの過度の圧縮を回避することである。(同5頁1行ないし9行)

2  標準のテレビジョン画像管は走査しすぎであって、画像の左端及び右端は見られない。この不必要な情報を除去することによって、従来のシステムで行われるよりも弱い圧縮を行うシリアルな方法でテレビジョン信号を構成することができる。(同6頁5行ないし8行)

本願第10発明は、特許請求の範囲71の項の構成(前記手続補正書16頁18行ないし17頁10行)を採用したものである。

3  信号の不必要な部分を除去することにより、輝度を圧縮することなく、色の最小の圧縮で、輝度と色とのシリアルな結合へ再フォーマットすることができた。輝度信号は圧縮されないので、再生時の帯域巾は何ら減少せず、したがって、4.0MHzという全体の利用可能な帯域巾を利用することができる。これは、圧縮された輝度データを記録するシステムに対する重要な改良である。(明細書翻訳文7頁3行ないし9行)

第3  審決の取消事由について

1  取消事由1について

(1)  原告は、本願第10発明における輝度信号の切り取りは、その始端と終点の双方に対して行われると主張する。

検討するに、特許の要件を審理する前提としてされる特許出願に係る発明の要旨の認定は、当業者において特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。これを本件についてみると、本願明細書の特許請求の範囲71の項には、「テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、色成分と輝度成分との一部分を切り取るための切り取り手段と・・・を具備する」と記載されているのみである。一方、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例には、「第2図は本発明の実施例を示すものであって、・・・4はY信号のバックポーチ側のオーバースキャン部分、・・・6はフロントポーチ側のオーバースキャン部分である。」(2頁左下欄4行ないし9行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、オーバースキャン部分とは、「バックポーチ側のオーバースキャン部分」、すなわち、終端のオーバースキャン部分と、「フロントポーチ側のオーバースキャン部分」、すなわち、始端のオーバースキャン部分、ないしはそれら両方を含むものであるというのが、当業者の通常の理解と認められる。そうすると、当業者であれば、前記「輝度成分との一部分を切り取る」との記載の技術的意義は、輝度成分の切り取りをオーバースキャン部分のどの部分について、どの程度行うかは、設計上適宜に設定されるべきものであって、切り取りをその始端と終端の双方に対して行うもののみに限定されず、その始端のみに対して行うものをも含んでいると理解するものと認められる。

そして、本件において、特許請求の範囲の記載に基づいて発明の要旨の認定をすることができない特段の事情は認められず、かえって、前掲甲第5号証によれば、本願明細書には、好ましい実施例の詳細な記述として、「記録又は伝送のためにテレビジョン信号を再フォーマットする際、テレビジョン・スクリーン上に表示されない伝送データ又は記録データは不要であるとの基本的前提の上に、本発明は成り立っている。ここに含まれている例示的な実施例で行われた切り取りの量は、走査しすぎの全てを必ずしも除去するものではない。なぜなら、テレビジョンが異なると、別の度合いで走査しすぎが行われるからである。したがって、画像の端部がスクリーン上で見られないようにするために、ある程度の走査しすぎが残されるべきである。」(12頁3行ないし11行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、好ましい実施例においても、輝度成分の切り取りの量は、走査しすぎのすべてを必ずしも除去する必要はないとされているものと解される。

そうすると、本願第10発明は、輝度成分の切り取りをその始端と終端の双方に対して行うもののみに限定されず、その始端のみに対して行うものをも含んでいるものというべきである。

(2)  もっとも、原告は、本願第10発明の特許請求の範囲は始端のオーバースキャン部分も終端のオーバースキャン部分も区別することなく、一括して「色成分と輝度成分との一部分」と表現しているから、これに対応する「オーバースキャン部分」も一括してオーバースキャンした部分の全体を示していると理解するのが当然であると主張する。しかし、オーバースキャン部分についての前記当業者の通常の理解からすれば、オーバースキャン部分のどの部分について、どの程度切り取りを行うかを表示していない上記記載を、その全体について全部を切り取るものとは解することができないことは前記(1)の認定のとおりであるから、原告の上記主張は失当である。

また、原告は、本願明細書の特許請求の範囲1の項及び37の項の「一部分を切り取る」との記載と8の項及び46の項の「始めと終りとの2.5マイクロ秒をほゞ除去する」との記載と同じ趣旨であるとして、これをその主張の根拠の一つとするものと解されるが、上記各記載を同じ趣旨と解することは到底できないから、原告の上記主張も失当である。

更に、原告は、本願明細書の実施例では始端と終端のオーバースキャン部分を切り取るものが開示されていることをその主張の根拠とするけれども、本願第10発明の要旨がその特許請求の範囲に基づき認定されるべきことは前記(1)の認定のとおりであって、本件においてこれを実施例のものに限定すべき理由はないから、原告の上記主張も採用することができない。

(3)  以上のとおり、本願第10発明は輝度成分の切り取りをオーバースキャン部分の始端のみに対して行うものをも含んでいると解されるから、これと引用発明が、「テレビジョン信号のオーバースキャンされた部分を表す、輝度成分の一部分を切り取る切り取り手段」を具備するとの点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  本願第10発明が色信号の過度の圧縮を回避することを技術的課題として、色信号のオーバースキャン部分を切り取る構成を備え、色信号の圧縮率の低減により得られる色信号の改善という作用効果を奏していることは、前記第2の認定事実から明らかである。

(2)  前掲甲第3号証によれば、引用例には、「NTSC方式の問題点を改善するカラーテレビジョン信号処理の一方式としては、IおよびQ信号(判決注・2つの色信号)を時間軸圧縮し、Y信号の水平ブランキング期間に時間軸多重する方式(・・・以後TCM方式と称する。)がとられてきた。・・・従来のTCM方式では、IおよびQ信号に要求される帯域をfとし、それの時間軸圧縮率をnとすると、圧縮後のIおよびQ信号の時間幅は、0.82・H/n、またその帯域はnfとなる。」(1頁右下欄7行ないし2頁左上欄3行)、「時間軸圧縮されたIおよびQ信号を挿入するためには、(Ⅰ)同期信号幅は変えずフロントポーチ側にずらし、バックポーチの時間幅を広げる、(Ⅱ)同期信号の時間幅を狭めてバックポーチの時間幅を広げる、等の方法がとられてきた。」(2頁左上欄下から5行ないし末行)、「本発明は、これらの欠点を除去するため、同期信号の位置および同期信号幅を変更することなく、従来の水平ブランキング期間のバックポーチとそれに続く輝度信号の有効走査期間の受像機の画面にあらわれない部分(以後オーバースキャン部と称する)を利用することによって、時間軸圧縮した色信号を多重化しようとするもの」(2頁右上欄9行ないし15行)との記載があることが認められ、以上の記載によれば、引用発明は、色信号の時間軸圧縮がその帯域に影響することを踏まえて、色信号が圧縮された状態において所定の帯域内に収まるようにするために、上記(Ⅰ)、(Ⅱ)の従来の方法に対して、同期信号の位置及び同期信号幅を変更することなく輝度信号のオーバースキャン部分の一部をも利用して色信号を時間軸多重化しようとするものと認められる。したがって、引用発明は、色信号について、その挿入する部分の時間幅を広げて過度の圧縮を回避しつつ、所定の帯域内に収まるようにしようという技術的課題をその前提としていることは明らかである。

そうすると、引用発明において、色信号の圧縮を更に回避するために、その切り取り手段を、オーバースキャンされた部分を表す、輝度信号の一部分のみならず、色信号の一部分をも切り取るためのものとして本願第10発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことというべきであるし、その作用効果も当業者が容易に予測し得たものというべきである。

したがって、相違点についての審決の判断に誤りはない。

3  以上のとおり、本願第10発明が、引用発明から当業者が容易に発明をすることができたものとして、本願を拒絶すべきものとした審決の認定判断に誤りはなく、審決には原告主張の違法はない。

第4  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年6月2日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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